華月と星来

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宇宙細胞論



「早く早く!」
 星来が華月の腕を引っ張り、急かす。
「星来、落ち着いて」
 足が縺れそうになりながら、華月は星来の元気さに感心した。この従姉妹はどうして、夜になるといつも以上に元気になるのだろう。
 天気の良い夜、父方の祖父の家に来ると、星来はいつも機嫌が良い。華月はいつも、それが不思議でならなかった。
「どうして、そんなに機嫌が良いの?」
 ようやく目的の場所に到着し、星来の隣に腰を降ろしながら訊ねてみた。すると星来は「決まってるじゃない」と、少しだけ目を見開いた。

「華月だって知ってるでしょう? 私、星が好きなのよ」
 星来が夜空を見上げ、手を伸ばした。その目は、暗い闇の中でも輝いているように見える。
「それなら、下だって良いじゃない。何も、こんな危ない所にいなくたって」
 そうなのだ。今、二人がいる場所は不安定な屋根の上。傾斜が割となだらかだから、よほど暴れない限り落ちる事はない。
 だが、今は夜。暗い時間に、わざわざこんな危険な所にいなくても良いではないか。星なら、庭からでも充分楽しめる。
 しかし、星来は首を振り、遠い光を見詰めた。
「庭じゃ狭すぎるわ」
 そして、硬い屋根に持参したタオルを敷き、その上に身体を横たえる。
「華月もやってみて」
 そう言って、星来はもう一枚のタオルを華月に投げてよこした。華月はタオルを受け取ると、星来と同じように寝転んでみた。
「ね、広いでしょう?」
「本当だ」
 確かに、庭で見るのとは違って、邪魔になる気や屋根がないから、広い空が存分に楽しめる。

「私ね、空を見ていると、何故だか分からないけどとても懐かしくなるの。それでね、思うの」
 そこで一度言葉を切って、星来が照れたように微笑んだ。
「私はきっと、あそこからやってきたんだ……って」
「星来……」
「変な事言うって、思ったでしょ?」
 クスリとして、彼女はまた空を見た。無数の星が、星来を照らしている。
「でも、本当なのよ。私が私になるずっと前に、私はあの中にいた。星を見る度に、その思いは強くなっていくの」
 華月は、星来が何を感じているのか分からない。だが、彼女の言葉が嘘ではないと、無意識の内に理解した。
 そんな華月の思いに気付いたのか、星来が小さく笑った。それから、更に言葉を紡ぎ出す。

「星って、無言じゃないのよ。こうやって見詰めていると、向こうから話し掛けてくれるの」
「へー……」
 相槌を打って、華月も星来に倣って空を見上げた。バラバラなはずの星達が、連動しているように見える。
 これを見ていると、自分がどれだけちっぽけで、守られ、生かされているのかが感じられる気がする。
 華月は、祖父の家に来るといつも、この感覚が心を満たしている事を知っている。そしてそれが、とても心地良い事だということも分かっていた。
「宇宙って、生きてるんだね」
 生きているから、抱かれているような暖かさを感じる事ができるのだ。華月の呟きに星来は頷き、また口を開いた。
「そうよ。人間にも、目に見えない程の小さな虫にだって命はある。山や海も、表面は変わらないように見えるけれど、深い所では絶え間なく流れているのよ。地球そのものが生きているのに、それを包んでいる宇宙が生き物でないと、どうして言えるかしら?」
 星来はたまに、同い年と思えない事を言う。特に、星や宇宙が関連してくると専門家のような事を話す事もある。

「宇宙は、私達人間と同じように、細胞でできているのだと思うの」
 今日もまた、星来の胸で大切に温められてきた宇宙への憧れが披露される。華月はこの時間が好きだ。
 星来しか見られなかった世界を、ほんの少しだが垣間見る事ができるのだ。期待する華月を知ってか、星来の瞳は瞬く星の如く輝き出す。
「小さな細胞がいくつも集まって一人の人間を形作り、その人間が集まって国を築く。国と国が繋がるといつしか、世界が出来上がるの。それは自然界も同じで、最終的に人間界と自然界が合わさって初めて、地球と言う星が形作られるのだと思うの」
 星来はなおも、話し続ける。
「地球も、一つの細胞として太陽系を形作る一員なのよ。人も虫も、どれか一つでも欠けていては、宇宙は成立しないのよ」
 例え、どんなに小さな存在でも、いなくても良いものなど存在しない。星来がよく口にする言葉だ。ぼんやりと思い出している華月の思考を遮って、星来がこちらを向いた。

「知ってた? 大きさこそ違うけど、この世に生きるものの全てが、細胞の形をしているのよ。人も、心を核に持った、一つの細胞なのよ」
 人間が、細胞の一つ一つを必要としているように、宇宙にとっても人間一人一人が大切で、必要な存在なのだと、星来は言う。
 一通り話し終えると、星来は半身を起こし、まだ横になっている華月に振り向いて微笑みかけた――ような気がした。
「そう思うと、どんな小さな虫も、どんな嫌いな人だって、大切な存在だと思えてこない?」
 星来は、空を通してそんな事まで考えていたのか。華月は感心やら感動が入り混じった思いで、暗闇に塗り潰された星来を見上げた。
「……そうだね」
 どこまでも広がる薄明るい星空を見上げ、華月は頷いた。そして少し勢いを付けて起き上がって星来と目線を合わせた後、自分の胸に手を当てた。鼓動が、規則正しく時を刻んでいるのが分かる。

「もし、神様が本当に存在するなら、私がこうやって生きているのも神様のおかげなのかな」
「私が思うに、神様って宇宙そのものじゃないかしら? だからこうやって……生かされてるって、愛されてるって感じられるんだと思うわ」
 だから、空に親しみを覚える人が多いのか。
 星来の言葉が、胸にすんなり入って来る。きっと、無意識の内に感じていた事を、そのまま言葉にされたからだ。
 華月が、今まで一度も言葉にできなかった事を、あっさり話してしまう辺り、星来はすごいと思う。
 そう言うと、星来は少しだけ照れ臭そうに肩をすくめ、それから人差し指と中指を立てて笑って見せた。
「それほどでも」
 満天の星が、夜の闇を明るく照らす。星明りを浴びた星来が、まるで別人に見えた事は……彼女には黙っておこう。


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