「いいなぁ」
「何が?」
手紙の整理をする母親の隣で、少女が呟いた。
「だって、お父さんとお母さんには、こんなに沢山手紙が来てるんだもん」
羨ましそうに、封筒をひとつ拾い上げる。
しかし、この中のどれもがダイレクトメール。少なくとも、知り合いから届いた物はひとつも無い。
はっきり言って、用の無い手紙ほど迷惑なものは無い。少なくとも、母親はそう思っている。
しかし、少女はなおも羨ましそうに、そのひとつひとつを眺めている。
「お父さんとお母さんには、こんなに沢山来てるのに、私にはちっとも来ないのよ。ずるいじゃない」
彼女は不満げに言うと、母親を見上げた。
「私も手紙が欲しい」
少女は小学二年生。
おそらく、普通の手紙とダイレクトメールの区別くらい付くだろう。
決して知能が低い訳ではないのだから、それくらいできるはずだ。
「これはダイレクトメールよ」
「それくらい分かるもん」
一応教えてみたが、少女は頬を膨らませ睨み付けてきた。
どうやら、区別が付かない訳ではないらしい。
内心ホッとしながら、母親は考えた。
何故、この子はこんな事を言うのだろう。
しかし、いくら考えてもその答えは出ない。
「いいなぁ……」
「そんなに欲しいなら、自分から書いてみたら?」
例えば、同い年の従姉妹なら、何かしらの反応があるかもしれない。
半ば投げやりに言ってみると、少女は急に目を輝かせ、手を叩いた。
「そっかぁ、その手があったか!」
そして意気揚揚と階段を駆け登り、二階の自室に向かった。
「……一体、何だったのかしら」
呆けた顔とは反対に、母親の心は穏やかだった。
あの子が納得できれば、それで良い。
納得がいかなければ、納得するまで試行錯誤してみるべきだ。
そう思う事にして、母親は作業を再開した。
次の日から、少女が両親に届くダイレクトメールを羨む事は無くなった。
その代わり、
「はい、お母さん」
「あら、今日も書いてくれたの?」
「うん!」
母親宛てに手紙を書くようになったのだ。
母親は当然、毎日返事を書く。
少女もそれを喜び、毎日返事の返事を書く。
そんな事が、半年近く続いたのだ。
「……そういえば、そんな事あったっけ」
「あら、忘れてた?」
手紙の話から、いつの間にか過去話になってしまった。
中学校を卒業したばかりの少女に、母親は微笑んだ。
「さあ、明日は早いわよ。もう寝なさい」
「ふぁーい」
少女は欠伸をして立ち上がると、ドアノブに手をかけた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
笑顔で少女を見送ると、母親は頬杖を付いた。
そして、懐かしい過去に思いを馳せる。
今夜は久しぶりに、あの頃の夢を見てみようか。