あったかい7のお題

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5.てがみ



「いいなぁ」
「何が?」
 手紙の整理をする母親の隣で、少女が呟いた。
「だって、お父さんとお母さんには、こんなに沢山手紙が来てるんだもん」
 羨ましそうに、封筒をひとつ拾い上げる。
 しかし、この中のどれもがダイレクトメール。少なくとも、知り合いから届いた物はひとつも無い。
 はっきり言って、用の無い手紙ほど迷惑なものは無い。少なくとも、母親はそう思っている。
 しかし、少女はなおも羨ましそうに、そのひとつひとつを眺めている。
「お父さんとお母さんには、こんなに沢山来てるのに、私にはちっとも来ないのよ。ずるいじゃない」
 彼女は不満げに言うと、母親を見上げた。
「私も手紙が欲しい」

 少女は小学二年生。
 おそらく、普通の手紙とダイレクトメールの区別くらい付くだろう。
 決して知能が低い訳ではないのだから、それくらいできるはずだ。
「これはダイレクトメールよ」
「それくらい分かるもん」
 一応教えてみたが、少女は頬を膨らませ睨み付けてきた。
 どうやら、区別が付かない訳ではないらしい。
 内心ホッとしながら、母親は考えた。
 何故、この子はこんな事を言うのだろう。
 しかし、いくら考えてもその答えは出ない。


「いいなぁ……」
「そんなに欲しいなら、自分から書いてみたら?」
 例えば、同い年の従姉妹なら、何かしらの反応があるかもしれない。
 半ば投げやりに言ってみると、少女は急に目を輝かせ、手を叩いた。
「そっかぁ、その手があったか!」
 そして意気揚揚と階段を駆け登り、二階の自室に向かった。
「……一体、何だったのかしら」
 呆けた顔とは反対に、母親の心は穏やかだった。
 あの子が納得できれば、それで良い。
 納得がいかなければ、納得するまで試行錯誤してみるべきだ。
 そう思う事にして、母親は作業を再開した。

 次の日から、少女が両親に届くダイレクトメールを羨む事は無くなった。
 その代わり、
「はい、お母さん」
「あら、今日も書いてくれたの?」
「うん!」
 母親宛てに手紙を書くようになったのだ。
 母親は当然、毎日返事を書く。
 少女もそれを喜び、毎日返事の返事を書く。
 そんな事が、半年近く続いたのだ。


「……そういえば、そんな事あったっけ」
「あら、忘れてた?」
 手紙の話から、いつの間にか過去話になってしまった。
 中学校を卒業したばかりの少女に、母親は微笑んだ。
「さあ、明日は早いわよ。もう寝なさい」
「ふぁーい」
 少女は欠伸をして立ち上がると、ドアノブに手をかけた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」

 笑顔で少女を見送ると、母親は頬杖を付いた。
 そして、懐かしい過去に思いを馳せる。

 今夜は久しぶりに、あの頃の夢を見てみようか。


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