あったかい7のお題

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6.ふるさと



「この時間は、絵を描いてもらいます」
 図工の時間、先生は言うと、黒板にテーマを書いた。
 深緑の板に浮かび上がる、白い文字。
 “私のふるさと”というテーマは、私を悩ませるには充分すぎた。

「ふるさと……」
 この世に生れてから、十年ほどしか生きていない私は、“ふるさと”というものを意識した事がなかった。
 引っ越しを幾度か経験したことはある。
 だが、前に住んでいた所が“ふるさと”かというと、そうでもない気がする。
 “ふるさと”とは、思い出した時に暖かくて、同時に切ない気持ちになるような場所を指すのだと、私は思う。
 しかし、私がこれまで住んでいた場所への思いは、暖かさや切なさの感覚とは程遠い。
 もっと違う所に、私の“ふるさと”があるような気がしてならないのだ。

「かーげつ、描けそう?」
 悩む私に、星来が声をかけた。
 理奈と麻美も、私の周りに集まる。
「まだ考え中」
 首を振る私に、三人は安堵の表情を浮かべた。
 どうやら、彼女達も思い付かないらしい。
「イメージはあるの」
 ただ、漠然としているだけ。
 心にある懐かしさを追いかけると、まるで濃い霧がかかったように何も見えなくなる。
 そこにあるはずの“ふるさと”が、私に見付けられる事を拒んでいるようだ。
「私もよ。そこにあるはずなのに、形が全く見えないの」
 星来が悲しそうに目を閉じる。
「泣きたくなるくらい懐かしいのに、思い出そうとすると逃げられちゃうのよ」
 触れそうで触れられないもどかしさ。
 それを感じているのは、私だけではないようだ。

「似たようなものでも、見ればスッキリするんだろうけどね」
「だったら、図書室に行って来たらどうだ?」
 理奈の呟きに、返す声があった。先生だ。
「良いの?」
「思い付かないなら、仕方ないだろ」
 先生は答えると、皆に聞こえるように声を張り上げた。
「資料が欲しい人は、図書室に行って来て良いぞ」
 すると、その言葉を待っていたように、数人が席を立ち教室を出て行った。
「私達も行こう」
「うん」
 私達も彼らに続いて、揃って教室を出た。

 四階建て校舎の二階に、図書室はある。
 ここには児童書から事典まで、幅広いジャンルが揃っている。
 私は数あるジャンルの中から、歴史関連の本が並べられたコーナーに立ち止まった。
 目に入った本を、手当たり次第に開いては棚に戻す。
 それを繰り返す内に、私は気になる写真を見付けた。
「これだわ」
 全てピッタリ合う訳ではないが、思い描いていたものによく似ている。
 私はその本だけ借りて、三人を残して図書室を出た。

「もう良いのか?」
「はい、バッチリです」
 教室に戻ると、先生は驚いたように目を見開いた。
 私は先生にブイサインを返して、借りた本を見せてみる。
「随分渋いのを借りて来たね」
 表紙を見て、更に驚いた様子の先生に、私はにこりと笑う。
「これが一番しっくりくるんです」
「そうか」
 先生は納得したように微笑むと、「頑張れ」と頭を軽く叩いて、私から離れた。
 私が借りた本、それは、有名写真家の写真集。
 その中の一つ、江戸時代から続く町屋の写真に、私の“ふるさと”像が同調した。
 行った事がないのに、写真を見ただけでどんどんイメージが湧いてくるのだ。

「よし、描くぞ!」
 私は真っ白な画用紙に、浮かんでくるイメージを次々に描き込んでいく。
 網目に張り巡らされたいくつもの道、その両脇に隙間なく建てられた無数の町屋。
 街の北には小高い丘があり、そこに巨大な城が建ち、その後ろに、形の美しい大きな山が堂々とかまえている。
 そして、街のあちこちで桜が咲き、紺色の空には大きな満月が浮かんでいるのだ。
 それ等を、下書きもせず一気に仕上げてしまった。

 これが、私の“ふるさと”だ。

 その後、私は市の絵画コンクールにその絵を出展し、見事金賞を受賞した。


「でも、今思うと不思議だと思う」
 私は隣にいる二人の友人に、あの時の事を話していた。
 二人は真剣な顔をして、私の話を聞いている。
 あれから数年が経ち、私は今年で十六歳になった。
 全寮制のこの学校に入学する為に、私は家族でこの町に越して来たのだが……。

「何で、あんな絵を描けたのかな?」
 この町は、あの頃私が思い描いていた“ふるさと”そのものだったのだ。
 古い町並みに、丘にそびえる天守閣など、私のイメージと違わずそっくりだ。
「一度も来た事がないはずなのにね」
「きっと、何かあるのね」
 腰まである長い髪を揺らして、彼女が微笑む。
 その兄も、穏やかな口調で言った。
「昔、この町にいた時があったんじゃないか?」
「そうかもね」
 私は過去世とか信じてしまうタチだから、彼の言葉も抵抗なく受け入れてしまう。
 もしかしたら、本当に……。

 真実は、私の魂だけが知っている。


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