どうして私は泣いていたのか。答えは簡単だ。
「それは、さっき言った通りだよ」
本来なら深い絆で結ばれるべき風使いと風馬。しかし彼等の場合、その絆は自分達の手で切ってしまっている。
その事が、どうしようもなく悲しく思えてしまったのだ。
正悟君は口元に手を当てて考える素振りを見せた後、捻っていた身体を元に戻して、雲の切れ間から覗く町を見下ろした。
「……最初から、ああだった訳じゃないんだ。昔は本当に、家族のように仲が良くて……親友だったんだ。いつも一緒に遊んでいた」
「それがどうして?」
「さあね、あいつの考える事は分からない」
正悟君はそう言うけれど、本当は分かっているのではないだろうか。
そうでなければ、こんなに苦しそうな……まるで自分を責めているような表情は見せないと思う。
「私も風馬と話ができたら良いのに」
そしたら、正悟君が話したがらなかったり、知らない事実を教えてもらう事もできたかもしれないのに。
ぽつりと呟いた私をちらりと見て、正悟君は俯いた。
「どうして、麻美は他人事なのに、そんなに親身になれるんだ?」
そんな事は自分にはできないと、沈黙する正悟君。そんな彼に、私は少しだけ目を大きくした。
「そんな風に見える?」
「自覚なかったのか?」
そんなもの、全然なかった。
今になって思い返せば、私が正悟君に言った事は、聞いている方にとっては「親身になっている」ように見えるかもしれない。
「そう見えるなら、そうかもね」
そう言ってにこりと笑った自分に、瞬間的にイラッときた。
その原因が分からずに首を傾げた私に、正悟君は眉を持ち上げて「どうしたの?」と問いかける。
「何でもないよ。あ、そろそろ戻らなきゃ」
その後の追及から逃げるように、私は腕時計を見た。
針は、昨日大悟さんから缶のお茶を受け取った頃と同じ時間を指している。
「もうそんな時間か」
深く息を吐き、正悟君は立ち上がった。そして私の前に来ると、右手を私に前に差し出して、無言で立つように促される。
私は「ありがとう」と言って手を取り立ち上がると、来た時と同じように抱きかかえられた。
予測していたとはいえ、この格好はやはり心臓に良くない。
「あのっ」
「ん?」
「お、重くない?」
友人達に言わせれば、「麻美は全然太ってないよ」との事だけれど、どうしたって気になる年頃なのだ。
しかも、今私を抱っこしているのは同い年の男の子。気にしない方が可笑しいのだ。
不安をたっぷり含ませて訊ねた私の顔を見て、正悟君はふっと笑った。
「軽すぎるくらいだよ」
そして、正悟君は「飛ばされないように、しっかり掴まっているんだよ」と冗談めかして言って、肩と膝裏に回した腕に力を込めた。
私も彼の首にしがみ付くと、正悟君はゆっくりと雲から浮かび上がり、完全に足が離れた所でまた何かを唱えた。
すると、足下にあった雲が渦を巻き始め、ドリルで穴を開けるように、真ん中に大きな空洞ができた。
それが正悟君が起こした風の仕業である事に気付くのと同時に、私達の周りを強い風が取り囲み、目を開けられなくなる。
直後、エレベーターに乗っている時のような感覚を覚え、その後すぐに風が治まった。
肩と脚にある腕の力も緩まり、私はゆっくりと目を開ける。
そこには綿菓子のような雲も、おもちゃのような街も既になく、私達は風馬が待つ小さな広場に戻って来ていた。
「はい、お疲れ」
そっと地面に降ろされ、私は久し振りに土を踏む感触を味わった気がした。
「すごく楽しかった。ありがとう、しょう君」
「こちらこそ。明日はもっと沢山話を聞かせてね」
「もっと沢山?」
意図が分からずに聞き返す。
「昨日も今日も、俺の事ばかりじゃないか。君の事も話してよ」
「でも、これは正悟君の問題でしょ?」
私の事は関係ないと思うのだけれど。そう思うが、正悟君は首を横に振った。
「現状の共有は、思っている以上に大切だよ。
頑張っている姿を見れば、こっちも頑張ろうという気になるし、苦しんでいる姿を見れば、何かしてあげたいと思えるだろ?」
「『何かをしてあげたい』と思って、修行の邪魔になったりしない?」
訊ねると、彼は「まさか」と首を振った。
「『何か』をできるのは、今の俺じゃない。今を越えた俺なんだよ。
『目の前に苦しんでいる人がいる。それを助けられない自分。だから変わりたい!』そうやって、俺はここまで歩んで来れたんだ」
表情を輝かせ、正悟君は語った。
何と晴々とした、素敵な顔だろう。そう思って、私は一瞬彼に見入ってしまった。
「風みたいだね」
「え?」
ふと胸を過ぎった事が、口に出ていたようだ。
私は照れ隠しにエヘへと笑って、くるりと身体を反転させた。爪先の方向に、遊歩道が見える。
「何でもないよ。私、帰るね」
「え、あ、ちょっ、麻美!」
正悟君の戸惑いいっぱいの声を背中に受けながら、私は駆け出した。
腕時計を見ると昨日よりずっと早いから、今日はお兄ちゃんに怒られる事はないだろう。
その安堵から、私は思わず口元を緩ませた。