「見て見て、あの飴細工可愛いー!」
これで屋台を廻るのは何件目になるだろう。
麻美の左手には細く切ったパイナップル、どこから取り出したのか、手首に下げられたビニール袋には串が三本と、チョコレートがこびりついた紙切れが入っている。
更に俺の手には、食べ終えた焼き蕎麦の皿がある。これだけ食べておきながら、彼女はまだ食べる気でいるらしい。
「……麻美」
「あ、でも、林檎飴がまだだったよね。綿飴も食べたいし……」
昼間来たんだよな。そう言いたかったが、残念ながら彼女の耳には届いていないらしい。
目を輝かせ、あれもこれもと悩んでいる。
女の子というのは、皆こういう感じなのだろうか。
俺の幼馴染も、祭となると毎回自分の兄や俺を引きずって町へ出かけ、これでもかと言うほど食べまくる。男の俺達ですら付いて行けないのだ。
彼女に比べれば、麻美のこれは可愛いものだが、それにしても他に見るものはないのだろうか。
「よし、全部買っちゃおう」
「………………」
麻美も色気より食い気のクチなのか。そうなのか、そうなんだな、そうか解った。これでもまだ可愛い方だと思える辺り、偉いぞ俺。
そんな俺の心境など露知らず、麻美はさっさと兎の飴細工、林檎飴、綿飴という、単なる砂糖の塊を三種類も購入して俺の隣に戻って来た。
「よくそんなに食えるよな……」
因みに俺は、焼き蕎麦とイカ焼き、串焼きでもう腹いっぱいだ。
例の幼馴染からは、「育ち盛りのクセに少食すぎる。絶対に可笑しい!」とよく言われるが、そんな事はないはずだ。少なくとも、食に関しては標準に近いと思う。
「お祭だもん。何でも美味しいの」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。ホラ見て。この兎、あそこのおじさんがひとつひとつ手作りしてるんだよ」
そう言って俺の前に差し出された、白い兎。本物の野兎によく似ているが、だからと言って食欲が萎える事はない。なるほど、よくできている。
「器用なもんだな」
「ハイ」
素直に感心する俺の鼻先僅かな所まで、兎の顔が近付けられる。これは……
「くれるの?」
「うん、記念に。お祭でこういうの売ってるのって、珍しいでしょ?」
そう言って微笑み、頭を傾けた麻美を真正面からまともに見てしまい、俺は込み上げてくる何かに耐えるのに、思いの他手間取った。
さっきまで、あれが食べたいこれも食べたい、どれを買おう全部買ってしまえ! と、子供のようにはしゃいでいたのに、急にコレだ。心臓に悪いったらない。
「……いらない?」
数十秒間動けずにいた俺に、麻美は少し悲しそうに眉をひそめた。
「いや、もらうよ。ありがとう」
彼女の手から飴を受け取る時、指先が触れ合い、ドキッとした。事ある毎に平静を乱されているのは俺だけなのだろうか。
不意に思い立ち、右手に太い竹串を握り締めて、正面に立つ彼女の顔をそっと覗き込む。
「何だかドキドキするね」
麻美は恥ずかしそうに笑って、俺の指が触れた箇所を掌で覆った。