西日が差し始めた午後五時。
町内に掲げられた提灯に灯りが点り、俄かに活気が満ちてきた商店街の片隅。小さなロータリー脇に建てられた銅像へと、私は急いでいた。
手元には、いつもの重たい鞄はない。代わりに、深緑の紐が指先に引っ掛かっている。
履物も普段身に着けないせいで未だに慣れずにいるが、半日履いていたお陰で違和感はあまり感じない。
「お待たせです」
銅像の台座に身体を預けて立っていた正悟君を見付けて駆け寄ると、彼は軽く笑みを浮かべて「おう」と返事をして身体を起こした。
その一連の動作に、私は思わず見惚れてしまった。
彼の浴衣姿はどこか着崩した感があるのに、全くだらしなさを感じさせない。
「良く似合ってるね、その浴衣」
ぽーっと正悟君を見詰めていた私は、彼の声で現実に引き戻された。気付けば、一メートル以上あった距離は、見上げなければ視線を合わせられない程まで縮まっている。
「そ、そうかな? 友達に借りたんだけど」
「髪も?」
「これは別の子に……」
正悟君だって、良く似合っているよ。そう言いたかったが、どうにも音にする事ができない。
そうして口ごもっている間にも、正悟君はニコニコと視線で私を褒めるので、私は照れ臭さから下を向いてしまった。
「良い友達だね」
「どうして解るの?」
後れ毛をいじっていた手を止め、正悟君を見上げ問いかける。
彼は眉を少しだけ上げて何か言おうと口を開きかけたが、それより前に私の後ろに回り込んだ。何だろうと思ったが、帯を後ろに引っ張られる感覚がして、結び目が曲がっていた事に思い至る。
正面に戻って来た正悟君に礼を述べると、彼は一つにこりとした。そして一歩後ずさり、私を頭の天辺から爪先までゆっくりと見回して、満足そうに頷いた。
「麻美に似合う物を知っているじゃないか。それって、麻美の事を想ってくれているって事だろ?」
そして彼は「そんな友達が二人もいるなんて、羨ましいな」と言って歯を見せた。
私の胸には照れ臭さと嬉しさがたっぷり注がれて、どういう顔をして良いのか解らず黙り込んでしまったが、正悟君はその事に対して顔色を変える事はなく、ただ微笑んだ。
「そろそろ行ってみようか」
「う、うん」
カラン、と下駄特有の乾いた音を立てて歩き出した正悟君の隣に、私は小走りで追い付いた。
その途中、アスファルトの小さなヒビに爪先を引っ掛けてバランスを崩したが、転ぶ前に彼の腕が目の前に差し出されたお陰で、痛い思いをする事はなかった。
「大丈夫?」
「ありがとう」
正悟君の右腕を握り締めたまま、僅かに視線を下向ける。
それから彼は、私を真っ直ぐ立たせて、その大きな左手を私の右手に触れさせた。そのままやんわりと握られて、まめだらけの硬い皮膚を掌で感じると、途端に体温が上昇し、私はピシッと音を立てて肩を強張らせた。
「しょしょしょしょうちゃ……」
掌がじんわりと湿ってきた。
駄目だ、恥ずかし過ぎる。
手を離して欲しい。そう訴えようとした。しかし
「今日は流石に人が多いね」
見上げた正悟君の横顔が赤く染まっていたせいで、何も言い出す事ができなかった。