恋風 ‐こいかぜ‐

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第11話 未熟さの自覚


「もう、正悟君なんか知らない!」
「だから、ごめんって言ってるだろ?」
 こんなやり取りを、もう何度繰り返しただろう。数えるのも億劫なくらい、同じ事を言っては返されている。
 原因はさっき正悟君が私を……その、抱き締めた事。
 彼はあの後、曖昧なまま放って置けば良かったのだ。もう終わった雰囲気だったのだから、わざわざ思い出させる必要はなかったのに。
「しょう君、『一言多い』って言われた事ない?」
 熱が冷めない頬を手で覆って隠しながら訊ねる。
「う……ある」
 ぐっと言葉に詰まった後、やっとの事で答えた彼に、私は「やっぱり」と溜息を吐いた。
 この様子では、しょっちゅう言われているのだろう。それも、不特定多数の人に。
 その光景を想像すると、思わず可笑しさが込み上げてくる。

「ふふ」
「怒ってたと思ったら今度は笑うのか……」
 笑い出した私に、正悟君は呆れたような声を出した。
「だって、何だか可笑しくて……」
 大体、私は怒っていなかった。ただ何となく、あのループを抜け出すきっかけを掴めずにいただけなのだ。
 それを言うと、正悟君は「はあ?」とますます呆れた声を上げる。
「何だよ、それじゃあ俺は、無駄に謝ってたって事か?」
「そういう事、かな?」
 何となく気まずさを感じて、わざと冗談めかして頷くと、彼は「はあー」と大きく息を吐いた。
 私はビクッとしてしまって、それに対して正悟君が顔をしかめた。

「『そういう事は早く言え』って言われた事ないか?」
「う……あり、ます」
 今度は正悟君が噴き出す番だった。
 彼は私の答えに何度も頷き、「だろうな」と呟いた。それに対し、私は咄嗟に言い返す。
「だ、だって、タイミングが掴めないんだもん」
「それは言い訳だろ。単に、波風立てたくないだけなんじゃないか?」
「それは……」
 その先の言葉が見付からなくて、私は俯いた。
「そうじゃない」と言えたなら、どんなに良いだろう。しかし、今の私では即答できない。

「もしかして、学校や家でも、言いたい事を『タイミングが掴めない』せいで先延ばしにしてたりしてないか?」
「……してる」
 小さな事から重要な事まで……色々あったが、なぜか言い出せなくて、ギリギリまで先延ばしにする事がよくある。
 些細な事なら時間が経てば消えてしまう事もあるが、重要な事はそうはいかない。それで叱られる事も沢山あって、その度に私はいつも自分の駄目さ加減に落ち込むのだ。
「そのせいで、同じような失敗ばかり繰り返してきたの」
 過去に仕出かした、様々な失敗と、数え切れない後悔……。思い出したくない記憶が脳裏に蘇り、私はきゅっと唇を噛んだ。
「自分も苦しいし、周りにも迷惑かけるって分かっているのに、どうしても止められないの」
「そんなもんさ」
 正悟君はぽつりと言って、ゆっくりと歩き出した。私も彼の隣に並んで歩き始める。

「頭で分かって止める事ができれば、誰も苦労しないよ。俺だって……落ち込んだってどうにもならないと分かっていても、何かある度に落ち込んでしまう。
 皆、できない事だらけなんだよ。どんなに立派に見える人だって、そういう未熟の一つや二つ、持っているものなんだよ」
 私の方を見て、正悟君は口の端を横に引いて笑みを作る。
「でも、頭でも分かってない人も意外に多いんだよな」
「そうなの?」
「うん。だから麻美は自覚してるだけまだマシ」
 そうなんだ。正悟君の一言で、私の沈んでいた心はすぐに浮き上がって安定した。
 良かった、私ってマシな方なんだ。そう胸で呟き、ほっと息を吐く。

「じゃあ、ショウちゃんも、自覚してるからマシって事?」
「あー……ん?」
 彼は一瞬目を真ん丸にして、私の方を振り返った。
 それから空中に視線を逸らし、指で頬をかいて「あー」とか「うー」といった意味のない音をいくつか発する。
「ショウちゃん?」
「ん、ああ、そうだな」
 彼は早口で答え、私と反対方向を向いてしまった。
 私は何かしてしまったかと考えそうになったが、その前に彼が「あ」と呟く声が聞こえて、私の意識は引き戻される。

「そうだなって、言いたいところだけど、そうもいかないんだな」
「どうして?」
 問いかけると、彼は苦い顔で前方を見た。私も追って前を見ると、昨日の広場が目前に迫っていた。
「ここに何かあるの?」
「……見れば分かる」
 そう言って彼は、風らしからぬ、ふかーい溜息を盛大に吐いた。


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