『宿題』の一覧を見詰め、俺は溜息を吐いた。
麻美は簡単に書いてくれたようだが、俺にとっては一番の難関だ。
「こんな事、言おうものなら……」
その先を想像して、俺は背筋を凍らせた。
風馬は風使いと同様、風を操る力を持っている。個体差こそあるものの、そのどれもが、一人前と同じだけの能力を生まれ付き有していると言う。
それは風希も例外ではなく、能力だけで言ったら他に負けない自信があるし、攻撃力は風雅にも負けない――兄ちゃんのお墨付きだから、間違いない。
だからこそ、風希が俺の言う事を聞かないのは、かなり痛い。そして、危険だ。
もしも、何の準備もなしに突然「俺は風希が好きだ」と言ったとしたら、奴は『気色が悪い』と言って吹っ飛ばした上に踏み付け、蹴り上げるに違いない。
そうなったとしたら、いくら俺が兄ちゃんにしょっちゅう殴られていて、痛みには慣れっこになっているとは言え、命の保障はできない。
まあ、風希にだって人間並みの知能があるから、「死なないように」程度の気遣いはしてくれるだろうが……。
それにしたって、できる事なら遠慮したい。とにかく怪我をするのは嫌だ。
食事を終えて寛いでいる風希をじっと見詰めて、俺は考えた。考えて、考えた結果、いい案が浮かんだ。そうだ、その手が……!
しかし、その思考は中断させられる事となる。風希の足技によって。
「………………」
『見るな。気色が悪い』
頭から被った藁。風馬の足下に強いていた奴だ。それがなぜ、俺の頭の上にあるのかと言うと、答えは簡単。
風希が蹴り上げ、しゃがんでいる俺にかけたからだ。
お陰で、夕べ洗ったばかりの俺の髪は、藁やら水やら色々な付着物でありえない事になっている。
それらを手で頭から落とすと、手にべっとりとした物が付いた。
「……風希」
お前、何て事をしてくれたんだ。
喉元まで出かかった言葉を何とか押し止め、俺は風希を睨み付ける。
『用もないのにこっちを見るなと言っている』
いかにも不機嫌そうな顔で、風希も俺を睨んでいる。……本当に可愛くない。
しかし、ここで諦めてしまっては麻美に合わせる顔がない。俺は切れ掛かった糸を補強しようと、一つ深呼吸した。
そして幾分か落ち着いてきた所で、もう一度、今度は立ち上がって風希を見詰める。
お、何だか良い感じかも知れない。今なら上手くいきそうだ。……大怪我覚悟で、言うだけ言ってみるか。
「風希、俺な」
『げふっ』
「…………」
『…………何だ?』
「……何でもない」
ああ畜生、何だって言うんだ! 人が折角その気になっていたと言うのに、この馬が……!
拳を握り締め、打ち震える俺に、風希は首を傾げる。そして、カリ、と軽く地面を引っ掻いたと思うと、何事もなかったかのように言った。
『早く風呂に入ったらどうだ。今日もあの娘が来るのだろう?』
こいつにしては、いつになくまともな台詞。普段なら、思いやり溢れる言葉として、涙混じりに受け取っていたに違いない。
しかしこれは……
「誰のせいだ、誰の!」
『おま……』
「お前のせいだろ!」
一声叫び、俺は小屋から飛び出した。
ホントごめん、麻美。俺やっぱり駄目だわ……。
本日二度目の謝罪を、今はいない麻美に囁いた。
風馬小屋を振り返ると、風希と風雅が何やら話をしている。風雅よ、お前も兄なら、このクソ生意気な弟をどうにかしてくれ!
猫の手ならぬ、馬の手も借りたい気分だ。いや、どうにかしてくれるなら口だけでも良い。
本当に、一体何がどうしてこうなってしまったのだろう。その理由は、まだ見付かりそうもない。