想定外の事件のために、俺は今風呂に入っている。
湯を二、三度頭からかぶれば、髪に付いていたものはあっさりと流れていく。
残る問題は匂いなのだが、これも特別きつい事はなく、普段と同じ石鹸で洗って落ちるものだった。
意外と洗髪に手間取らず、俺は思わず安堵の息を吐いた。
「風希の奴、気を使うくらいなら最初からやるなって」
わざわざ藁が綺麗な所を選んで蹴り上げたのだろう。
普段生意気な口を利く割に、実は思いやる心を持った優しい奴なのだ。だからこそ、嫌味な奴だとか生意気だと言いながらも、心から憎めない。
「……何だかんだ言いつつ、好きなんだよな」
物心付いた頃から、ずっと一緒だった。
ぶつかる事もあったが、助け合う事も多くあった。
二人で悪戯をした時には二人揃って罰を受けたし、俺が兄ちゃんに叱られて泣いていた時には何も言わずに傍にいてくれた。
かけがえのない親友で、家族なのだ。嫌いな訳がない。
それが、中学校に上がって少し離れている間に、急にこんな風になってしまった。
突然俺を威嚇するようになった風希から、俺は逃げるようにして距離を置いた。一体何が起こったのか、分からないままに。
一時期は口も利いてくれなかったが、最近はこうして話をする事ができるようになった。
しかし、楽しかったあの頃に戻る事は、ない。
「風希……」
湯船に浸かった俺の顎から水滴が零れ落ちて、湯の表面に波紋を広げる。
お前の心は、一体どこにあるのだろう。お前にはきっと聞こえまい、俺の声などは。
いくら「好きだ」と叫んでも、いくら「お前が大切だと」念じても……。
一体何が、お前の心を閉ざしてしまったんだ。一体何が、俺とお前の間に立ちはだかっているんだ。
見えない壁に阻まれて、近付く事すらできない。
「麻美、ごめん。やっぱり俺には無理だよ……」
濡れた手をきつく握り、掌に爪の痕を残す。
彼女が出した『宿題』を、何一つろくにこなせなかった俺を見て、麻美は何と言うだろうか。
あの優しい微笑が、どのように変わってしまうのだろう。嫌われてしまうだろうか。
その場面を想像して、俺は目元を覆った。
……とても怖い。
いくら身体や技術面を強くしても、心は強くなれないものだ。
臆病な自分。呆れを通り越して笑えてくる。
まったく
「これだから、いつまで経っても半人前なんだよな」
誰もいない浴室で、俺の声と水音が反響した。