恋風‐こいかぜ‐

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第24話 悪いのはどっち?


 突然現れた風馬と、正悟君との間に突如勃発した喧嘩。
 風馬の言葉は私には分からないけれど、風馬が声を出す毎に正悟君の顔付きが険しくなってくるから、良い事を言っていない事は確かだ。
「あの……」
「なあ麻美、俺、こいつに蹴られるような事したかな?」
「…………」
 言いかけた事は思わず飲み込んでしまった。彼は本気で言っているのだろうか。
 何と答えたら良いやら……結論から言えば、思い切り「やりました」なのだが。
 しかし、彼を蹴った相手は風馬。蹴られたのは頭。下手をすれば命はない。それを考えれば、「してません」になるのだろうか。
 いやしかし……
 
 予想外の所から湧いてきた疑問は、ぐんぐん育って大きくなる。
 深く首を傾けて唸りだした私に、正悟君は不満そうな表情を近付けた。
「どうしてそこで悩むんだよ」
「だ、だって……」
 何だかとっても至近距離だったし、風馬が来なければ、きっと触れていただろう。
 だがしかし、だからと言って蹴るのはいかがなものだろうか。しかも頭を。あの蹄で蹴られたら相当痛そうだ。
 暫らくうんうん唸って悩み込んでいた私だが、頭の中で正悟君と風馬を比べている中で、はたと気が付いた。

「そうだよ!」
「結果出た?」
 ポンと手を叩いて顔を上げた私に、待ちくたびれた様子の正悟君が声をかける。
 私は彼と風馬を視界に収めると、ふたりの間にある空間をビシッと指差した。
「どっちも悪い!」
 そうだ、別段難しい事でもなかったのだ。
 私に顔を近付けてきた正悟君と、その頭を蹴った風馬。その「どちらが悪いか」ではなく「どちらも悪い」。その事をすっかり忘れていた。

「でも、俺の場合、打ち所が悪かったら死んでたよ。……風馬も『折角助けてやったのに』って言ってる」
 ようやくスッキリした私とは反対に、正悟君と風馬は不服そうに唇を尖らせた。正悟君は更に、不本意そうだけれど風馬の言葉まで通訳する。
「だって私、すごくびっくりしたもん。それはしょう君が悪いでしょ? で、しょう君は頭痛かったでしょ? それは風馬が悪いの」
 私の言いたい事は通じただろうか。「分かる?」と首を傾げたが、正悟君も風馬も曖昧な表情しか返さない。
 どう言ったら伝わるだろうか。顎に拳を当てて考えたが、どうにも良い言葉が浮かんでこない。
「とにかくね、お互いがお互いを『悪い』って言っているんだから、どっちも悪い所があるの。もう、何て言ったら良いか分からないよ」
 後は自分達で考えて、と言葉を放り投げて、私は一方的に話を終わらせた。
 正悟君達はまだ納得がいかない様子だったが、それ以上この事について話を広げる気はなさそうで、私はそっと安堵の息を吐いた。

「それにしても、風馬はどこから出てきたの? 本当に驚いたよ」
 立ち上がって風馬の鼻を撫でる。正悟君は一瞬「あっ」と言って止めようとしたが、風馬が鼻を鳴らすと渋々といった様子で伸ばした手を引っ込めた。
 そのやり取りが可笑しくて思わず笑みを零すと、正悟君は「笑い事じゃないよ」と溜息と一緒に吐き出した。
「どうせ、小屋を抜け出してきたんだろ」
「そんなの、大丈夫なの?」
 風馬のように大きくて力のある動物が逃げ出したとなれば、大騒ぎになりそうなものだが。
 しかし、正悟君は既に諦めた様子で首を振った。
「こいつの場合、こんな事は日常茶飯事。だから誰も驚きやしないよ」
 はぁーと盛大な溜息。一方風馬はそんな事は気にも留めず、額を私の肩口に摺り寄せてきた。

「まるで他人事だな、お前。探す俺の身にもなれって言うんだ」
「あはは、きっと探して欲しいんだよ」
 何の気ない、笑いながらの発言の直後、すりすりとじゃれていた風馬が動きを止める。
 そしてまた動き出したかと思ったら……
「うひゃあ!」
 剥き出しの首筋を、舐められた。
 突然の事に、思わず声が裏返る。

「な、何やってるんだ、お前!」
 正悟君は、固まってしまっている私を風馬から引き離し、自分の腕の中に囲った。
 いつもなら、そこでも動転してしまう私だが、今はまだ首に残っている感触のために、そこまで気が回らない。
「『可愛いからつい』ってオイ、どこのオヤジだよ! 『エヘ』って……可愛い振りしても駄目。逆に気色悪いぞ!」
 しっかりツッコミを入れながら、正悟君はズボンのポケットからハンカチを取り出して私の首を拭いてくれた。
 意外な事に、家畜特有の独特な匂いはなくて、無臭だったから特別気分を害する事もなかったが……。
 風馬は『可愛いから』と言っていたようだが、あの行為は私の発言に対する反抗なのではないだろうか。
 がっしり囲われた正悟君の腕の中から、恐る恐る風馬を覗き見る。
 ぱちっと目が合った瞬間、風馬の瞳が心なしか細まったように感じた。
 
 予感的中。
 未だ抗議を続ける正悟君の声を聞きながら、誰にも聞こえないほど小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。


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