「ショウちゃんは、見たい所はない?」
「そうだな……」
麻美に訊ねられ、改めて園内をぐるりと見回した。
焼き蕎麦、クレープ、林檎飴、チョコバナナ、くじ引き、輪投げ、金魚掬い等々、色々あるが、特に目を引くものは……
「いや別に……お」
あった。
「何か良いものあった?」
麻美が腕にしがみ付き、俺の視線の先にあるものを見ようと必死に背伸びをする。
ふらふらと今にも倒れそうな麻美の腰に手を沿えてやると、彼女は一瞬ぴくりと身体を震わせた。それから俺の腕に触れていた手を肩に持ってきて、袖を遠慮がちに握り締める。
暗いからよく判らないが、心なしか顔が赤らんでいるようにも見える。
「……射的?」
「少し、見て来ても良い?」
「勿論!」
麻美の元気な返事を受けて、俺は彼女を支えていた手を離した。彼女も踵を地面に付けて、平衡を取るために掴んでいた手を解く。
そして人混みを掻き分け行こうとした。が、後ろに軽く引っ張られて足を止める。
振り向くと、麻美が俺を見てはにかんでいた。
「良いよね?」
そう言って、彼女は俺の左掌に滑り込ませた細い指にきゅっと力を込めた。
「……モチロン」
……マズイな。
今ここに大勢人がいて、本当に良かったと思う。もし二人きりだったとしたら、何をしていたか解らない。
それこそ、風希に蹴られるような事態にもなりかねない。それくらい、危なかった。
昼間、自分の想いを自覚してからというもの、今のように危険な瞬間が数え切れないほど発生している。
俺が麻美の一挙一動に敏感になったのもあると思うが、それ以上に、麻美自身が危険を誘発する言動を起こす回数が、昨日までに比べて格段に増えたように思えてならない。
これは、何だ。俺は試されているのか? それとも誘われて……?
だがしかし、麻美にそういう思考があるとは考え難い――いやむしろ考えたくない。
「ショウちゃん?」
屋台の前で動作を止めてしまった俺を心配するように、麻美が覗き込んでくる。
俺は慌てて何でもない旨を告げて、射的屋のおっさんに小銭を手渡し、いくつか並べてある銃をひとつ手に取り、標的に向かって構えた。
正悟君の腕前は、それは見事だった。
どれくらいかと言うと、何回かプレイした後に「もう一度……」という素振りを見せた時に、店のおじさんが真っ青になって「頼むから止めてくれ」と懇願してくるほど。
それもそのはずで、命中率はなんと百パーセント。気が付いた頃には、屋台の周りには人だかりができていて、私の腕と足元には、二人でも抱えきれない数の景品が、山と積まれていた。
「もうちょっとで全部取れそうだったんだけどなあ」
「取り過ぎだよ。おじさん半泣きだったよ」
惜しかった、と悔しそうに話す正悟君の隣で、私は思わず苦笑した。
しかし彼は納得できないようで、片手に持った紙袋を目の前にぶら下げる。
「別に全部持って帰るつもりなんて、更々なかったんだけど。実際持てないし」
「心の声なんて、普通のおじさんには聞こえません」
「……それもそうか」
彼は方眉を僅かに寄せ、ようやく納得の色を表情に滲ませる。
それから瞳を私の手元に寄越して、不意に口元を綻ばせた。
「なあに?」
「それ、袋に入れずにずっと抱えてるから」
それというのは、真っ白な兎のぬいぐるみ。お裾分けで貰った、大量の景品の中に入っていたのだ。
「だって可愛いんだもん」
本物の兎を抱くように両手で持ち上げ、触り心地の良いふわふわの毛に頬ずりする私に、正悟君はにこっと爽やかに微笑んだ。
とくん、と鼓動が高鳴る。
「気に入ってもらえて何より。だけど、万が一落としたりしたら悲惨な事になりそうだ」
……折角ときめいたのに、どうしてそれを打ち壊すような事を言うのだ。
しかし、最もな事を言っているのも確かで、私は渋々、他の景品達の上に兎を寝かせた。
正悟君は笑いを必死に堪えながら、ぶーたれている私の頭をポンポンと叩く。しかし私はどうしても素直になれず、ふいっと彼と反対方向に鼻先を向けた。
「そう拗ねないで」
「拗ねてないもん」
ごめんなさい、嘘です。拗ねてます。
そっぽを向いたまま、私は心の中で謝罪する。
心の声であるのに、正悟君はそれが聞こえているかのような明るい声で笑い、私の手を取って暗い木陰へと引っ張った。
「ショウちゃん?」
「もうすぐ花火が始まるね」
言いながら、正悟君はしきりに周囲を気にしている。何を……
「きゃ」
するつもりなのだと思う間もなく、私の身体は宙に浮いていた。
正確には、私を抱きかかえた正悟君が風化の術を使い、上空へ移動したと言った方が良いかも知れない。
「しょ、しょうちゃ……」
「この時のために、特等席を用意したんだ。だから、」
いつの間にかゆったりとした雲のソファに座らされ、足元に正悟君が跪いた。当たり前のように成された一連の動作に、私はまるで付いて行けない。
「ご機嫌を直して下さい、――姫」
正悟君は囁くように語り、私の手の甲に……口付けた。
この瞬間、私の意識は地球を一周したに違いない。
ドクドクと有り得ない速さで動く心臓と、その音が直接脳に響いてくる感覚に、私は戸惑った。
震える手元を見ると、正悟君の悪戯な笑みと視線がぶつかる。
……ああ私、やっぱりこの人の事が好きなんだ。
そう確信したのとほぼ同時に、私の視界は闇に閉ざされ、後には柔らかな温もりだけが残された。