恋風‐こいかぜ‐

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第41話 ごめんなさい


 日が暮れる。
 オレンジ色に染まり行く空を自室の窓から眺め、私は溜息を吐いた。
「溜息なんか吐いて、どうした?」
「お兄ちゃんに言ったって、どうせ分からないよ」
 お兄ちゃんは優しい口調で問いかけてきたが、それに対し私は投げやりな返事をし、反対方向へと顔を背けた。
 月曜日だった昨日から、お母さんは私を家に閉じ込め、家族以外の人と合う事も禁じた。勿論、塾も休みである。
 当然、昨日と今日、私は正悟君達と会えていない。

 どうして、ここまでされなければいけないのか。この理不尽な気持ちは、きっと誰にも分かって貰えないに違いない。
 顔と態度をいっぱいに使って不機嫌を表す私に、お兄ちゃんは小さく息を吐いた。
「母さんだって、お前の事を心配してるんだよ」
「だからって、どうしてこんな風に家に閉じ込められなきゃいけないの?」
 見張りにお兄ちゃんまで付けて、どうして私は自由を奪われなければいけないのだ。
 そしてお兄ちゃんも、わざわざバイトを休んでお母さんに従うのか。
 言いたい事は沢山あった。けれども、それを言ったところでどうにもならない事は既に分かっていた。
 だから私は口を閉ざす。

 この家に、心から信じられる人は、もういない。心を許せる人は皆、家の外にいる。
 学校の友達や担任の先生、塾で仲良しの女の子、そして……正悟君。
 今、誰よりも会いたい人がいる。
 まだ公園にいるだろうか。もう日が暮れるから、もう帰ってしまっただろうか。
 気が付けばそんな事ばかり考えている。
 こんな時に、勉強なんか手に付くはずがない。
 ああ、私も風を自由にする事ができたら良いのに。そしたら、風に乗ってどこまでも会いに行けるのに。
 けれども私は風使いではない。風に乗る事はおろか、風に音を乗せる事もできない。

「はあ……」
 今日何度目かも分からない溜息を、盛大に吐く。
 不機嫌を訴えるためではなく、そうでもしないと、モヤモヤが喉元まで上ってきて苦しくなるから。
 それを横目で見て、お兄ちゃんも息を吐き立ち上がった。
 私があまりに溜息ばかり吐くから、気が滅入ってきたのだろうか。だったら、さっさと出て行って欲しい。
 今は誰の顔も見たくないのだ。
「ちょっと買い物行って来る。何か欲しいものあるか?」
「別に……」
 敢えて言うなら、外へ出たい。
 だけど、それはお兄ちゃんに言ったところで聞き入れてもらえない事は明らかである。
 それならば、何も欲しくない。そうとしか言いようがない。
「そうか、じゃあ適当に飲み物でも買って来る」
 椅子に両足を乗せて小さく縮こまる私の頭を軽く撫ぜ、お兄ちゃんは部屋を出て行った。

「いらないって言ったのに」
 僅かに冷めた不満のエネルギーが、内臓を駆け巡り渦巻いているような気がする。
 それと共に、冷静な自分が戻って来る。と、どこへ行っていたのだと叱り付けたい衝動に駆られた。

 ――分かっている。
 お兄ちゃんは、好きでお母さんに従っている訳じゃない事は。
 そしてきっと、誰よりも私の事を気にかけてくれている事も、本当は分かっているのだ。
 家族で一番優しくて、親身になってくれているのに……
「ごめんなさい」
 困らせてしまって、心を開けなくて、ごめんなさい。
 呟いた声は、私自身の胸を締め付け、涙を溢れさせた。


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