窓から正悟君が訪ねて来た翌朝、私宛に手紙が届いた。
差出人の名前はなかったが、代わりに花王のような印が付けられていて、それを見た瞬間、これが正悟君から送られてきた物であると分かった。
お母さんは、学校の友達が送ってきた物だと考えたらしく、特に不審がる様子もなくて、「今度会ったら自分の名前くらい書くように言っておいてね」と伝言を頼まれた。
同年代の男の子にしては、やけに整った綺麗な字。これを見たら、女の子が書いたと思っても不思議ではないのかもしれない。
自室へ戻ると、早速封を開けた。中に入っていたのは、三つ折りにされた白い紙一枚だけ。
その内容に、私は思わず眉を寄せた。
申し訳ないけど、今日は会いに行けそうにない。
明日の夜、必ずそちらへ行くので、待っていて欲しい。
どこにでもあるような、白い便箋にこれだけ書かれていた。
普段の正悟君からは想像が難しい、硬い文面であるが、ほぼ確実に彼が書いたのだろうと理解した。
私達以外の誰も事情を知らないだろうし、もし正悟君がお兄さん達に話していたとしても、誰かに頼むような事でもない。
手紙を折りたたんで封筒に戻し、私はそっと溜息を吐いた。
「そっか……来れないんだ」
期待、していた訳ではないけれど、やっぱりちょっと残念。
けど、正悟君は私よりも切羽詰った状況にいるのも事実。人生の岐路に立たされていると言っても過言ではない。
それを考えてみたら、彼は随分と私のために心を砕いてくれていたのだと、初めて思う事ができた。
……何をしているんだろう、私。
正悟君を心配させて、貴重な時間まで奪って。そして更に、少し会えないだけでイライラしたり寂しがったりしている。
いつから私は、こんな我侭な子になってしまったのだろう。
また一つ溜息を吐き、思い気分を変えようと窓を開ける。と、一筋の風が駆け抜けた。
「ショウちゃん……」
呟く声は、彼の元に届くだろうか。
窓の外を見た。
昨日までそこにあった山のように大きな雲は、いつの間にか空の端まで遠ざかっていた。