こうして両親と一緒に庭に立つのは、何となく妙な気分だ。
しかもこの中に麻美がいない。それだけでソワソワして居心地が悪いのは何故だろう。
「本当に帰って来るんだろうな」
「多分」
父さんを見ずに、オレは一言で返した。
それで終わらせようかと思ったが、父さんの機嫌をこれ以上損ねて事態を悪い方へ向かわせてしまっては大変なので、一呼吸置くと付け足した。
「麻美が信頼しているらしいから、大丈夫だと思う」
正悟少年は勿論、その兄である大悟と言う男。
二人を思い出すと、どうしてか麻美の心が見えてくる気がするのだ。
「でもどうしてお兄ちゃんの所に来たのかしら? こういう時は、親の元に来るのが筋じゃないの?」
「あんまり落ち込んでいるから、話しかけ難かったんじゃないの?」
まあ、元々両親に会いに来るつもりはなかったかもしれないが。
心の中で呟いて、母さんに視線をやると、眉間にしわを寄せて不満そうな顔をしていた。
「だいたい、どうしてあの人は麻美を連れて行ったのかしら」
「避難させたんだよ」
「どういう事?」
ぷりぷりと解りやすく怒りながら、母さんは腕組みをした。
まだ解っていないのか。半ば呆れて、オレは深く息を吐いた。
「麻美も言ってたろ? 『こんな所でじっとしてたら、苦しくて死んじゃう!』って。それを、あの少年は解ってたんだよ。だから助けに来た」
「何よ、私達は悪者扱い?」
「母さん……」
ああもう、かえって状況悪化しまった。
母さんはこうなると、落ち着くまで時間がかかる。
思わず頭を抱えたその時、突然の強風が髪の毛を滅茶苦茶に掻き乱した。
驚きのあまり、オレの悩みは一時頭を引っ込める。
何だ何だと思っていると、不意に弱まった風の中から声がした。
「私が全部話すね」
聞き慣れた声に、オレ達は一斉に顔を上げた。
とうとう家の上空までやって来てしまった。
緊張と恐怖で震えが止まらない。
そんな私の肩を抱いて、正悟君が微笑みかけた。
「大丈夫」
「……うん」
精一杯の笑顔で頷くと、正悟君は「よし」と言って軽く肩を叩いた。
そして改めて家の庭を見ると、お母さんがお兄ちゃんに、何やら話しているのが見えた。
「ショウちゃん、お母さんの声、聞こえるようにできる?」
「ああ、ちょっと待ってな」
正悟君が指で文字を書くように動かすと、程なくして耳元に人の声が届いた。
お母さんとお兄ちゃんの声だ。
「だいたい、どうしてあの人は麻美を連れて行ったのかしら」
「避難させたんだよ」
「どういう事?」
「麻美も言ってたろ? 『こんな所でじっとしてたら、苦しくて死んじゃう!』って。それを、あの少年は解ってたんだよ。だから助けに来た」
未だ良く分かっていないらしいお母さんに対し、お兄ちゃんは説明した。
やはり、お兄ちゃんはちゃんと理解してくれていたのだ。
しかしお母さんは、なぜか怒りのスイッチが入ってしまったらしく、声を荒げてふいっとそっぽを向いてしまった。
「何よ、私達は悪者扱い?」
そんなお母さんに、お兄ちゃんは額に手を当てて「母さん」と呟いた。
……困っている。
「ショウちゃん……」
「行く?」
正悟君はこちらの気持ちをよく理解しているようで、私が全部言う前に下を指差した。
それに対し、私は迷わず頷き彼の腕にしがみ付いた。
私達の周りを空気の渦が取り囲み、髪が、スカートの裾が翻る。
少しして風が弱まり、瞑っていた目を開けると、落ちても危険が少ない高さまで降りてきていた。
そうと解ると、いても立ってもいられなくなって声をかけた。
「私が全部話すね」
そこにいた全員の視線が、一瞬にして集まった。
「麻美……!」
高度は低いものの、正悟君に支えられて宙に浮かぶ私を、皆は驚きに満ちた目で見詰めている。
途端に緊張してきて、生唾を飲み込み隣の正悟君を見遣った。
目が合うと、彼は穏やかな表情を浮かべて頷いた。
それに対して頷き返し、もう一度家族の方へ向き直る。
「これから話すのは、私の本当の気持ちだから……ちゃんと聞いてね」
風が止み、ざわめいていた木々が一斉にお喋りを止めて、辺りはシンと静まり返る。
緊張がより一層高まった。